岩本恵里 official web site いわえりNOTE

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おっかちゃんから聞いた素敵なお話。

今日は、来年1月に出演オファーを下さった方々との打ち合わせに行ってまいりました。

打ち合わせの中で雑談も多かったのですが、結構こういう雑談の中に生きていくのに大切な話って隠れているんですよね。

このオファーを下さったのが商工団体さんなので、本日お会いした方々は皆さん商人。
商人って言っても小売とか飲食店とだけじゃなくて、個人経営をされている方は皆さん商人です。

商人は孤独なモンです。
大きな組織にくっついているわけではないので。
不安だって付きまとう。
それでも商工団体に所属して、仲間を作って、励まし合いながら頑張っていらっしゃいます。

この商工団体さんは全国に支部がありまして、私の楽曲『商人魂(あきんどソウル)』のモデルになったおっかちゃんも、この団体の東北の支部に所属されている方です。

東北の震災があった時に、みなさんこぞって東北に行かれました。ボランティアで。
私は行けませんでしたけど。
その中にこの商工団体の愛知の支部のおっかちゃん達もいらっしゃいました。

その時のお話を、今日、私の2倍生きているおっかちゃんからお聞きしました。
素敵なお話はココから。

愛知のおっかちゃん達は、使っていないミシンをたくさん持って行ったそうです。
たくさんたくさん、すぐに使える状態に整備して。
そして、家にある布もたくさん持って行ったそうです。

「なぜミシン?」と思いましたが、こういうお話でした。

「仕事なくなっちゃったでしょ。
 とにかくコレで何か作って!
 作った物は私たちが売るから。
 そのお金を送るから。
 まずは仕事してお金を得ないと!」

「さすがおっかちゃん達!」と思いました。
被災して大変な時に、お金でも物資でもなく(もちろんそれもあった筈ですが)仕事を持って行っちゃうんですから!

おっかちゃん達は本当に強い。
つくづく思ってきたけれど、今日は打ちのめされました(笑)

「『人』という字はね…」なんて話をされるよりもグッと来ましたね。
本当に人と人は支え合って生きているんだなってコトを教えて頂きました。

 
私今年の春先まで、とにかく自分の歌を聴いてほしかったんです。より多くの人に。
聴いてもらって良いと思ってもらって広めてほしいと思っていたんです。

でも結局その思いっていうのは、「支えてほしい」っていう気持ちだったんですよ。
一方的な思い。

今でも自分の歌は聴いてほしいと思いますが、気持ちが随分変わりました。

元々歌い始めた想いっていうのが承認欲求の塊でしたからね(苦笑)
そう思うのは当然だったかもしれないです。

孤独を支えてほしかった。
でもソロでステージ活動を続けるだなんて、めっちゃくちゃ孤独なままでした。
オファーを頂けると「支えてもらえている」と安堵を感じました。

春から色々ありまして、今、やっと孤独じゃないって思えるようになったんです。
孤独じゃないけど依存もしない。
依存が無いから自分の思う方向へ進んでいく。
でもおかしな方へ進んでいたら「ソレちょっとおかしいでしょ」と教えてもらえる。
依存が無いから自分で道を拓いていかなくてはならない。
でも困った時には相談ができる。

まだ、支えてもらっている方が大きいと思いますが、寄りかかるような気持ちは皆無です。
今から少しずつ、私も支えていける側の人間になっていきます。

今回頂いたオファー。
本当に嬉しいです。
でももう安堵ではないです。

当日、皆さんと一緒に楽しめるような企画も生まれました♪
本番が楽しみです♪

贈り物。

先日のお祭りで、遠方から足を運んでくださった方から、なんと、手作り貯金箱を頂いちゃいていましたのよ♪

「子どもの工作みたいになっちゃった~(泣)」っておっしゃっていましたけど、いや、もう、心から嬉しいですよ!!

だってね。

「アクセサリーがいいかな?」とか「いや、あまり普段つけていないから迷惑かな?」とか、そうやっていろんなこと考えて悩んで決めて作ってくださったのですよ。嬉しくないわけないじゃないですか!

心から感謝して、ちゃんっと使わせていただきます!

それに結構コレ大きいんです。
大きめの桃の缶詰の缶より大きいと思います。
500円玉で貯めたらかなりの額ですよ、奥さん!

 
贈り物。

本当に私もいつも悩む。贈ろうか贈るまいか、そこから悩む。

贈ると決めたなら、受け渡すだけの一瞬の時間だけでも楽しさをシェアしたい。
それで笑ってもらえたら心から嬉しい。
困った顔をされたら胸が潰れるほど悲しい。

渡した時の相手の笑顔と困り顔、どちらも頭に浮かべながら何を贈ろうか考える。

あまり気持ちの重すぎない物を。
自然と無くなってしまっても問題のない物を。
食べ物なら、冷たい物は冷たく。温かい物は温かく。
できるだけかさばらない物を。
後処理の困らない物を。

などなど色々考えてしまいます。

考えてしまうくせに、先日実行した贈り物は非常にやりすぎた感いっぱいで反省しました(汗)

今回私が久しぶりに受け取る側に立って思ったのは、やっぱりそういう『心』が嬉しいんだよなーってコト。

とは言え、コレは各人の価値観によるものだと思うので、「きっとあの人も贈り物をもらったら嬉しいに違いない!」なんていう驕りは禁物ですね。
まぁそんな風に思えと言われても思えないですけどね。私ビビりだから(笑)

善意の層。

先日、私、大阪でイベントに参加してきたってブログでも少し触れましたが、お話を聞いてきたのです。
自分だけでは知り得ない話を人から聞くのも、たまには良い機会。

そこで仕入れた知恵の中に、1つものすごく頷けるお話がありましたので少し触れてみます。

人間の種類(っていうと語弊があるかもしれないけど)には3つの層があるそうです。

ピラミッドを描いて、一番下の層が『被害者層』。愚痴ばっか言ってる人。居酒屋なんかで日々くだを巻いているような人の層。
真ん中の層が『Give&Takeの層』。コレをしてもらったからお礼にコレをお返しします。コレをしてあげたんだから、そのうち何かお返ししてね。そんな考えの人の層。
そして一番上が『善意の層』。見返りなんか何ひとつ求めていない。私はあなたが好きだから、あなたのためならなんでもしちゃうよ!っていう考えの人の層。

もちろん相手が誰なのかにもよるでしょうから、善意とGive&Take、Give&Takeと被害者あたりは行き来するかとも思います。

『善意』っていうと、寄付とかボランティアとか、はたまた恩着せがましさとか、そんなイメージも浮かぶかもしれないけど、ソレとはちょっと違う。
そこに営利的なお金が発生してもイイのですよ。

そこで、話は『商売』に移ります。
(参加したイベントは、起業セミナーではありませんよ!)

『被害者層』は問題外。
「お前らがうちの店で買わずにモールなんかで買うから、うちみたいな小さな店は潰れそうなんだ!」とか言われても、アホなんじゃないかとしか思えません。そんなお店は勝手に潰れてください。

『Give&Takeの層』、コレもどうなんでしょう。
「うちのお店はあなた方が好みそうなパンを作ってあげました。だから買ってくださいよ。」と言われても、そんなお店からは買いたくありません。
お客さんに対する態度でソレはないですよね。(仕入先との取引なんかでは出てくる話かもしれませんが。)

『善意の層』。コレ。
「当店では、オーナーが厳選した食材を使用し、お客様が自然と笑顔になって頂けるようなお料理をご提供させて頂いております。食べられない食材はお知らせください。可能な限り対応させていただきます。どうぞお寛ぎください。」
こんなお店が好まれるでしょう。私もそんなお店が好き。たくさん通っちゃう!
お友達も連れて行っちゃうし、連れて行けなくても紹介ぐらいはしちゃう!

この『お客様に対する誠意』と『このお店、本当に好き!』っていうお店とお客さんとの相互関係。
そこにお金は発生するけど、コレが善意同士の関係。

『商売』っていうのはお店で例えると一番わかりやすいからそうしてみましたけど、どんな個人事業でも当てはまることです。

さっき起業セミナーって単語を出してみたのでソレに置き換えてみますと。
無料じゃないセミナー。1回行っていい加減な内容、主催者のひとりよがりの内容。そんなんだったらもう行きません!あんまり酷かったら悪評だって口から出ちゃうかもしれません。「あんなのでカネとるなんて!」って。

でも、そうではなく、参加者の一人ひとりの悩みに寄り添うような内容、共に考えてくれるような内容だったらどうでしょう。
「この人は本当に信頼できる。安心できる。すごくありがたい。」って、リピートしちゃいますよね。知人にも薦めますよね。

そういうコトです。
音楽活動だって音楽教室だって一緒です!

他人の『商売』を他人の『金儲け』と考える。他人の『金儲け』なんかに協力しても、自分には何も得が無い。
そんな考え、どうでしょう。
どう良い方向へ考えてみても、『善意の層』には当てはまらないです。

協力したくないなら初めっから関わらなければイイだけのことですし。
勝手に自ら関わっておきながらそういうことを言ってのける。なんなんでしょう。
互いに不愉快なだけです。
大体「『商売』の最終目的が『カネ』のみ」なんて、そんな人とは波長が合いません。私は距離をとらせて頂きます。

私、ここ半年ぐらいで『善意』っていう思いを自然と持てていました。
まぁ、全ての人に対してではないですけど。
私の場合は『恩返し』みたいな気持ちです。
当の本人は『善意』なんて思ってもいないと思います。だから『Give&Take』とは違いますよ。相手はお返しを求めていませんから。
そんなつもりもなく、してくれた事・言ってくれた事が本当にありがたく「この人の為ならなんでもしたい!」と自然と思えていた。

そんな思いがしっかりと根付いていた頃に聞いた先日のイベントでの3つの層のお話。
非常に深く頷けました。
よく考えたら、既に私の周りにも『善意』で接してくれる人が少数ながらも居てくださる!
おばちゃんが多いけど(笑)
そんな素敵な人たち、ホントに大切にしなくちゃ。
だって、その『心』が嬉しいのだから!

Color.

コレは双極性障害の人しかわからない話なのかな?そうでもないような気はするけど。

辛い時は景色がとてもどんより見える。
どれだけ晴れていても、厚い雲が日光を遮っているような、グレーっぽい感覚。

逆にハッピーな時は、どれだけ嵐が来ていようと、陽の光が照らしてくれているような、白っぽい感覚。

色と言うより彩度なのかな。

双極性障害寛解の前段階のような気のする『低空飛行』の頃もグレーっぽい毎日だった。

実際に暗く見えるんじゃなくて感覚なだけだから、どちらかと言うと、脳みそがグレーがかった薄ーい膜で覆われてしまっているような感覚。

何かに集中していればその感覚は全て消える。
だから、常に何かに集中していたい。
それが私の正しい生き方だと、最近非常に強く思います。

やる事が途切れて、必要以上に休憩しているとだんだん膜が張ってくる。

必要最低限の休憩を取ったら、能動的に勉強や研究をするのが、色々な面から見て自分にとってベストなんだなって、昨日辺りから思っているのです。(←昨日かよ!)

ちょっとここのところ淋しく感じる時間がとても多いです。
自分の選んだ生き方だから仕方ないんだけど。

かと言って、別の世界へ、私が幸せと感じられる誰かを見つけに行く気にはなれない(笑)

私ワガママだから(苦笑)

相手が見つかったら、その相手がそのうち可哀想なことになるから、そーゆー人は探さない。

さぁ、朝陽が射してきました!
この太陽の光ってのは本当に重要!
特にグレーな日々は、コレを頭にしっかり浴びないと脳がフルに動かなくて余計どんより見えるから。

とりあえず今日・明日はグレーっぽい日が続くと思うので、できるだけ空白時間を作らないように過ごしたいものです!

おじいちゃん。

敬老の日にアップしようと思ったのに数分過ぎちゃった!!
まぁしょうがない!!

さて。

私の祖父に当たる人は、躁鬱病でした。

祖父に当たる人、っていう言い方をするのは、私が生まれるずっとずっとずっと昔に、祖母と離婚してしまっていたからです。
でも、今日は祖父って言います。

祖父は数学の先生で、ハーモニカが好きだったそうです。
何がきっかけかはよくわからないけれど、躁鬱病が発症してしまい、入院させられてしまいました。
良くならないので、祖父の親戚の方が、祖母に離婚を提言しました。
協議離婚となり、祖母と親(私の父なのか母なのかは伏せたいので『親』と表記します)は親1人子1人となりました。

親が小学校に上がる前の話なのかな?
そこからもうずっと祖母も親も、祖父には会っていませんでした。もちろん私も。

数年前に祖父の親戚の方から手紙が来ました。
祖父が亡くなっていたお知らせに、生前の写真を添えて。

私が想像していた通りの顔をした人が、ニコニコ笑っている写真でした。
怒るとやはり怖かったそうなのですが、それでもニコニコ過ごせていたのは良かったなって思いました。
でも、祖父はずっと祖母と親のことをとても気にかけていたそうです。会いたい、会いたいって言ってたそうです。

躁鬱病。

それは私の患う双極性障害の旧称。
この疾患は一部遺伝性のもの。
遺伝していても発症しないことだってあるのだから、発症前からそう心配することではないけど。

医学が進み、薬も改良され、治療法もそれなりに確立され、双極性障害と診断のできる先生も増え、私は運良く良い先生と良い薬に出会えたおかげでほぼ寛解に至っているわけですが、祖父のことを思うと不憫でなりません。

今で言う保護室での対応より酷い対応もされていたようですし、時代が悪かったとは言え悲しい話です。
時代が時代なら、私みたいに普通な感じで人生やり直せたのに。

祖父が生きているうちに、会ってお話しがしたかったです。

とても頭の良い数学の先生で、ハーモニカが大好きだったおじいちゃん。
ハーモニカ、聴いてみたかった。